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井ノ口洪太

Author:井ノ口洪太
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シンプルってなんだ

2007.06.23 思うに・・
s-R1056771.jpg

生協の売店で見つけたカフェオレのボトル。
なんでも白塗りでおしゃれじゃんって流れはちょっと抵抗がある。

なんとなくこのボトルの白はちょっと押し付けがましいと思った。

あまり意味のない英語の文章が、装飾として申し訳なさそうについてて、自分でシンプルだと字で言ってるあたりが怪しいのかな。
いさぎよくなくないか?

単純にボトルの角とかくびれが白いマットなフィルムに包まれてる質感は悪くないと思うのだけど。


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1,2,たくさん

2006.11.08 思うに・・
中国人は1つと、2つと、たくさんしか数えらんない。

なんて話を聞いたことがあるけど、この数字の境界線は物事に登場するものの数として考えると、なるほど的を得た数字なのではないかと思いました。
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2006.10.16 思うに・・
こういうすごく重いものを持ち上げるっていうのをやっていて思ったのだけど、小さいときには生まれない想像力があるということ。

その物体が持つ質量がどれくらいのものでそれに対して小さな人間の身体では受け止めることのできる量というのはたかが知れてて、もし御輿が崩れようものなら人なんて簡単に壊れるだろうな、って感じ。今ではその壊れ方までそれなりに目に浮かぶ。

これは幹線道路のすぐ横を歩いているときなんかも感じてて、歳をとるにしたがって大型トラックや観光バスの量感に吸い込まれそうな感覚を覚えたり、ちょっとでもの接触は死を予感させる。

たぶん、経験を重ねるにつれて、木材と鉄の違いとか、木材でも大きな断面の丸太はものすごく重いことがわかったり、物理や科学の法則が新しく量感と破壊力の感じ方に新しく尺度を与えたりする、そんな感じの経験からリアリティを増す想像力。

この手の想像力っていろんな経験のピンとキリの両極を経験してその幅を広げていくことなのかもね。言葉を覚えるみたいに。

良質な布の肌触りとか、柔らかいけれどしなやかな材料とか、鋭い刃物の切り裂く力とか、工業製品の手を通してもわかる精密さとか、ものすごくおいしい料理とか、逆に完全にひどい料理とか、ものすごく怖いお兄さんのにらむ迫力とか、身体的な感覚の経験値は貯まれば貯まるほど想像力が強くなる。

むかし誰かが、 できるだけ本物に、上質に触れる機会をつくれ。田舎もいいが、都会にしかないものもいっぱいあるぞ。といったのはあながち外れていない。いいものをつくりたかったらいいもの知っとかないとイカンのだと。

じゃあ、みんなが歳をとるごとになくしていくっていっている想像力ってどんなものだろう。純粋であること?自分の感想を素直に表現すること?それとももう僕は歳をとりすぎてそういうのはもうわかんなくなっているのかも。

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de javu

2006.09.28 思うに・・
おもうにさっきの日記はデジャヴだ。

よく覚えているときは人の配置に既視感があって次のセリフを予想できる時がある。

今回は前回の日記を見直してこのエントリーを書くまでがデジャヴ。

いままで大して役に立ったことはないし気のせいだとは思うのだけど。
成功している既視感があったりしたらいいのになぁと都合の良いことばかり思いつきます。

暗い未来なんて見たくはないが悪夢を見てからはしばらくそわそわしてしまったり。

こういうのは人に話した時点で効果が無くなるっていうのがいくつかの物語の筋なので、ここに記してみる。
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2006.09.20 思うに・・
こういうのを探していた。

http://chronicle.knecht.jp/

近代〜現代しかないけど、これを歴史の教育に応用したら空間と時間がリンクした新しい世界の認識方法になるんじゃないかなー。

高校の時にパラパラ漫画みたいに世界地図をたくさん印刷して統治の境界をかいてアメーバみたいに国の境界線が動く遊びを試したりしてたけど、web2.0、というかコンピュータを使えばもっと感覚、認識に直感的にわかりやすくなるはず。

世界の歴史をブロックメモみたいに把握するのだ。
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