難民になるものの濃厚な日々
2007.12.05 made,in,paris
長い一週間。
11月28日
まず、寮を追い出された。
設備の検査だけのはずが、何か重大な問題が発見されたのか、警察から寮の全住民に退去命令が下された。
寮の前の道路は封鎖され、エントランス前のウッドデッキにある地下室への入り口からは湯気がもくもくと立ち上ってただならぬ雰囲気だった。あたりには消防、警察、市当局をはじめ、電気、ガス、等の公共機関もろもろの車が勢ぞろいしていた。
一服したり、スーパーに行ったり、カフェでお茶したり、晩御飯食べたりする程度では事態は当然収集するはずも無く、途方にくれる。
途中、ユイシからの連絡で彼の友人宅で飲むことになったのだけど、飲んでる途中に寮の復旧には3週間かかるとの連絡が入る。
やれやれ、フランス時間での3週間である。どうなることやら。今月末には、noël(クリスマス)が控えている。お祭り気分で作業が遅れないといいけど。せめて年内には帰りたいねー。
ユイシの友人、とうまくんはとても素敵なお方で深夜までいろいろ話せてとても楽しかった。中学の恋愛から建築の話、社会学から糸井重里まで。帰れないので朝まで泊めてもらった。
11月29日
行き場が無いのでAUSMIPの皆で集まり、マックで作戦会議。といっても誰がどの友達の家に転がり込むかといった、傍からみればまったく迷惑な話し合いの後、とりあえず時間をつぶしに学校の図書館へいく。
その後、特にやることも無いのではっちゃんが先輩経由で手伝いを頼まれた人の家に行く。
実はその人はまっつんの隣人のファッションデザイナーの大石さんで、僕も一緒にコンクールの作品のお手伝いをすることにする。
イエールという、ファッションの登竜門のようなコンクールなのだそうだ。
大まかなイメージを聞き、この日はマントにつけるロゴの製作をした。
朝方完成し就寝。
11月30日
昼ごろ起きだして、とりあえずcitéが用意してくれているという代わりの寮に荷物を移動することにした。

せっかくなので記念撮影。
簡単な衣類にパソコンとカメラが入った荷物は重く、到着とともにつかれきる。身軽であることは重要だ。
この代わりの寮は、cité内にあるイラン館(maison de Avicenne)で、今回の事態で廃墟になっていたこの建物を急遽人が住めるように復活させたらしい。
話によるとジャン・ヌーヴェルのお師匠さんの作品だそうだ。しかし、広すぎる廊下や60センチしかない扉、家具の納まらない斜めの平面など良くわからないところも多い。外の螺旋階段と、空中に浮いた2つのボリュームの感じがナイス。

7時、大石さんの作品の撮影だということでついていくことにした。マレのはずれの教会前で撮影。カメラマンのマチアスと一緒にバシャバシャ撮りまくる。暗いし、光源のバランスも崩れていたが、レンズとカメラの性能に助けられ、何とか撮れた。

写真はまだ作品が未発表なので公表できないけど、作者の許可が出たらそのうち、ね。
その後バスティーユのマチアスのお母さんがやってる飲み屋でシャンパンをあけ、そのままマチアスの部屋になだれ込む。
今まで見たことのないくらいのセンスあふれる素敵な部屋だった。

ガレージを改装したような部屋でガラクタがそこらじゅうにあふれているのだけれど、居心地が良い場所が沢山あった。どんなに設計が上手になったってこんないかした部屋はつくれない。
そんなお部屋で育ったマチアスは超がつくぐらいに気持ちの良いやつで、カメラマンの見習いをしているという18歳。カメラのコレクションを見せてくれた。

写真は左からていくん、はっちゃん、まりこさん、なおこさん、そしてアブ氏。
しばし歓談したあと、マチアスのお母さんがお店で出してるサンドイッチを食べた。
これはパリに来てから冗談抜きで一番おいしい食事だった。
2時を過ぎてメトロも無く、バスティーユからまっつんの家があるクリメまで歩いて帰る。
途中雨に降られたが、尽きぬ話をしながら歩けばあっという間につくものだ。
12月1日〜4日
スキャナを用意して、いよいよ本格的に作業を始める。
服のプレゼンテーションは初めてだったが、大石さんもやりたいイメージを出来るだけ多く伝えようとしてくれたのですぐに作業に取り掛かれた。
この日から提出までの4日間が、今ではまるで一続きのように感じられる。そうゆう濃い時間に立ち会えたことはとてもいい経験になったと思う。
まず、大石さんの脇を固めるメンバーの分野の広がりには驚いた。縫製、アイロンなどのサポートをする服飾系の友人に、作品を論理的に分析し、更に毎晩ごはんを作ってくれた大石さんの隣人であり美学をやってるまっつん、そしてその友達でショーの音楽を作る人、若いカメラマンのマチアスに、そしてまっつんの友人でなぜかプレゼンの手伝いをすることになった建築学生の僕ら。
なんだこの広がり具合は。日本にいたってこんなに集まらない。
それも、これも彼の人柄の魅力なのかな。
本を作るにあたっては今までやってきたテクニックをフル活用することが出来たし、仕上がりも満足なものが出来たと思う。
それから面白かったのは、作業を進める中で締め切りが近づいてもぎりぎりまで内容を充実させようとする大石さんと、残り時間に出来ることを考えるぼく(いつもは逆のはずなのにね。へんなの。)
とか、
オンリーワンの価値観を追求して感覚に選択肢を委ねるファッションと、冷静に選択肢を洗い出し、その中の最適解を選んだり解決策を練るぼくらのやり方の違い
とか、
その手で実際に作品をつくり、モノで人に訴えることの出来る彼らに対して、基本的に学生の間は計画案ばかりを練る建築学生考え方の違い
とかがいろいろ見えたこと。異分野交流って面白い。
客観的に見てもとても新しくて素敵な作品が出来たと思う、ぜひ一次の予選を突破してほしいものだ。
コメント211月28日
まず、寮を追い出された。
設備の検査だけのはずが、何か重大な問題が発見されたのか、警察から寮の全住民に退去命令が下された。
寮の前の道路は封鎖され、エントランス前のウッドデッキにある地下室への入り口からは湯気がもくもくと立ち上ってただならぬ雰囲気だった。あたりには消防、警察、市当局をはじめ、電気、ガス、等の公共機関もろもろの車が勢ぞろいしていた。
一服したり、スーパーに行ったり、カフェでお茶したり、晩御飯食べたりする程度では事態は当然収集するはずも無く、途方にくれる。
途中、ユイシからの連絡で彼の友人宅で飲むことになったのだけど、飲んでる途中に寮の復旧には3週間かかるとの連絡が入る。
やれやれ、フランス時間での3週間である。どうなることやら。今月末には、noël(クリスマス)が控えている。お祭り気分で作業が遅れないといいけど。せめて年内には帰りたいねー。
ユイシの友人、とうまくんはとても素敵なお方で深夜までいろいろ話せてとても楽しかった。中学の恋愛から建築の話、社会学から糸井重里まで。帰れないので朝まで泊めてもらった。
11月29日
行き場が無いのでAUSMIPの皆で集まり、マックで作戦会議。といっても誰がどの友達の家に転がり込むかといった、傍からみればまったく迷惑な話し合いの後、とりあえず時間をつぶしに学校の図書館へいく。
その後、特にやることも無いのではっちゃんが先輩経由で手伝いを頼まれた人の家に行く。
実はその人はまっつんの隣人のファッションデザイナーの大石さんで、僕も一緒にコンクールの作品のお手伝いをすることにする。
イエールという、ファッションの登竜門のようなコンクールなのだそうだ。
大まかなイメージを聞き、この日はマントにつけるロゴの製作をした。
朝方完成し就寝。
11月30日
昼ごろ起きだして、とりあえずcitéが用意してくれているという代わりの寮に荷物を移動することにした。

せっかくなので記念撮影。
簡単な衣類にパソコンとカメラが入った荷物は重く、到着とともにつかれきる。身軽であることは重要だ。
この代わりの寮は、cité内にあるイラン館(maison de Avicenne)で、今回の事態で廃墟になっていたこの建物を急遽人が住めるように復活させたらしい。
話によるとジャン・ヌーヴェルのお師匠さんの作品だそうだ。しかし、広すぎる廊下や60センチしかない扉、家具の納まらない斜めの平面など良くわからないところも多い。外の螺旋階段と、空中に浮いた2つのボリュームの感じがナイス。

7時、大石さんの作品の撮影だということでついていくことにした。マレのはずれの教会前で撮影。カメラマンのマチアスと一緒にバシャバシャ撮りまくる。暗いし、光源のバランスも崩れていたが、レンズとカメラの性能に助けられ、何とか撮れた。

写真はまだ作品が未発表なので公表できないけど、作者の許可が出たらそのうち、ね。
その後バスティーユのマチアスのお母さんがやってる飲み屋でシャンパンをあけ、そのままマチアスの部屋になだれ込む。
今まで見たことのないくらいのセンスあふれる素敵な部屋だった。

ガレージを改装したような部屋でガラクタがそこらじゅうにあふれているのだけれど、居心地が良い場所が沢山あった。どんなに設計が上手になったってこんないかした部屋はつくれない。
そんなお部屋で育ったマチアスは超がつくぐらいに気持ちの良いやつで、カメラマンの見習いをしているという18歳。カメラのコレクションを見せてくれた。

写真は左からていくん、はっちゃん、まりこさん、なおこさん、そしてアブ氏。
しばし歓談したあと、マチアスのお母さんがお店で出してるサンドイッチを食べた。
これはパリに来てから冗談抜きで一番おいしい食事だった。
2時を過ぎてメトロも無く、バスティーユからまっつんの家があるクリメまで歩いて帰る。
途中雨に降られたが、尽きぬ話をしながら歩けばあっという間につくものだ。
12月1日〜4日
スキャナを用意して、いよいよ本格的に作業を始める。
服のプレゼンテーションは初めてだったが、大石さんもやりたいイメージを出来るだけ多く伝えようとしてくれたのですぐに作業に取り掛かれた。
この日から提出までの4日間が、今ではまるで一続きのように感じられる。そうゆう濃い時間に立ち会えたことはとてもいい経験になったと思う。
まず、大石さんの脇を固めるメンバーの分野の広がりには驚いた。縫製、アイロンなどのサポートをする服飾系の友人に、作品を論理的に分析し、更に毎晩ごはんを作ってくれた大石さんの隣人であり美学をやってるまっつん、そしてその友達でショーの音楽を作る人、若いカメラマンのマチアスに、そしてまっつんの友人でなぜかプレゼンの手伝いをすることになった建築学生の僕ら。
なんだこの広がり具合は。日本にいたってこんなに集まらない。
それも、これも彼の人柄の魅力なのかな。
本を作るにあたっては今までやってきたテクニックをフル活用することが出来たし、仕上がりも満足なものが出来たと思う。
それから面白かったのは、作業を進める中で締め切りが近づいてもぎりぎりまで内容を充実させようとする大石さんと、残り時間に出来ることを考えるぼく(いつもは逆のはずなのにね。へんなの。)
とか、
オンリーワンの価値観を追求して感覚に選択肢を委ねるファッションと、冷静に選択肢を洗い出し、その中の最適解を選んだり解決策を練るぼくらのやり方の違い
とか、
その手で実際に作品をつくり、モノで人に訴えることの出来る彼らに対して、基本的に学生の間は計画案ばかりを練る建築学生考え方の違い
とかがいろいろ見えたこと。異分野交流って面白い。
客観的に見てもとても新しくて素敵な作品が出来たと思う、ぜひ一次の予選を突破してほしいものだ。
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散歩の友
2007.11.12 made,in,paris
先日ブックオフにていくつか本を購入。どちらも2€。らっきー。
パリのルール

最近2007年版が出ていたが安く買える古いのを購入
かゆいところに手の届くまさにパリのルールが知れる。年間のイベント情報からカフェや蚤の市のルールはうれしい。パリの人になるための近道。
建築案内はやけに詳しいと思ったら、何気に五十嵐太郎氏が文章を寄せている。
若い人は地球の歩き方よりもこっちのほうがたぶんパリを楽しめる。
ガイドブックにないパリ案内/稲葉宏爾

散歩コースが山ほど載っている。さらに街の予備情報が満載ですばらしい。
9ヶ月じゃ歩ききれないくらいにコースがある。広いパリをあてなく歩くのも楽しいがこれがあれば的を絞って歩くことができる。
この本によると、僕らの住んでいる寮のことも書いてあってびっくりした。
この寮は倉庫のリノベーションだとは知っていた。
19世紀末に建てられ、砂糖と穀物の貯蔵庫だった、対岸対になって建っていた同じ建物は数年前に火事で焼け落ちてしまった。
焼ける前は芸術家たちの共同アトリエとして使われていたが火事のあとは空き家になっていたそうだ。

おそらくその空き家をシテが買い取って寮に改造した。アトリエだった頃の名残なのか今も建物の半分はメゾネットのアトリエのプランタイプが入っていて地上階には彫刻家のおばちゃんが住んでいる。
現在この対岸には新しい建物が建設中だ。僕らの読みではこれも寮になるのではないかと踏んでいるのだけれどまだなんともいえない。食堂が出来たらうれしいんだけどなーなんて思っているがフランスの建設のペースから行くと帰るまでにはオープンしないだろう。
新しい棟は寮と同じシルエットで建てられている。現代的なデザインで古いシルエットを再生し、新旧の建物を対比するあたりがいかにもパリらしい。新しい建物のデザインはちょっとルーバーがちゃちで良くわからないけれど。両棟の間からはかつての税関、ルドゥーのロトンダが真ん中に見える。夜のライトアップされた端正なシルエットはいかにも不気味で雰囲気は極悪だ。強い都市軸は今も健在。
寮の横には運河の船を通す可動橋があるのだけれど、これがたった4キロの水圧ジャッキだけで動いていると書いてあってこれにも感動した。すごーい。
コメント0パリのルール

最近2007年版が出ていたが安く買える古いのを購入
かゆいところに手の届くまさにパリのルールが知れる。年間のイベント情報からカフェや蚤の市のルールはうれしい。パリの人になるための近道。
建築案内はやけに詳しいと思ったら、何気に五十嵐太郎氏が文章を寄せている。
若い人は地球の歩き方よりもこっちのほうがたぶんパリを楽しめる。
ガイドブックにないパリ案内/稲葉宏爾

散歩コースが山ほど載っている。さらに街の予備情報が満載ですばらしい。
9ヶ月じゃ歩ききれないくらいにコースがある。広いパリをあてなく歩くのも楽しいがこれがあれば的を絞って歩くことができる。
この本によると、僕らの住んでいる寮のことも書いてあってびっくりした。
この寮は倉庫のリノベーションだとは知っていた。
19世紀末に建てられ、砂糖と穀物の貯蔵庫だった、対岸対になって建っていた同じ建物は数年前に火事で焼け落ちてしまった。
焼ける前は芸術家たちの共同アトリエとして使われていたが火事のあとは空き家になっていたそうだ。

おそらくその空き家をシテが買い取って寮に改造した。アトリエだった頃の名残なのか今も建物の半分はメゾネットのアトリエのプランタイプが入っていて地上階には彫刻家のおばちゃんが住んでいる。
現在この対岸には新しい建物が建設中だ。僕らの読みではこれも寮になるのではないかと踏んでいるのだけれどまだなんともいえない。食堂が出来たらうれしいんだけどなーなんて思っているがフランスの建設のペースから行くと帰るまでにはオープンしないだろう。
新しい棟は寮と同じシルエットで建てられている。現代的なデザインで古いシルエットを再生し、新旧の建物を対比するあたりがいかにもパリらしい。新しい建物のデザインはちょっとルーバーがちゃちで良くわからないけれど。両棟の間からはかつての税関、ルドゥーのロトンダが真ん中に見える。夜のライトアップされた端正なシルエットはいかにも不気味で雰囲気は極悪だ。強い都市軸は今も健在。
寮の横には運河の船を通す可動橋があるのだけれど、これがたった4キロの水圧ジャッキだけで動いていると書いてあってこれにも感動した。すごーい。
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大学見学
2007.11.07 made,in,paris
jussieu(ジュシュー)でガッキーと坂本さん、アブ氏と待ち合わせ。
jussieu大学の校舎を見に行く。ここにはパリ第6,7大学が入っていて大きなキャンパスだ。格子状のプランの校舎が細い柱で浮いている。ピロティは気持ちが良い。

キャンパスの端の改築部分の見学。学生に混じって潜入。

途中、写真を注意されるも気にせずにパシャパシャ。途中から合流した阿部さんだけがなぜかセキュリテのお兄さんに連行される。
彼を救出できるほどフランス語がしゃべれないのでみんなして遠くから見守る。かたじけない。

内観と外観のギャップはあまりよくない。流行っぽい薄っぺらいパネルもよくない。
しかし旧校舎とのつなぎはなかなかよい。

カフェでのんびりして帰る。
帰りにサルコフと京子に寄り道。しょうゆ1Lとカレールーとプリンタを買って帰る。
コメント0jussieu大学の校舎を見に行く。ここにはパリ第6,7大学が入っていて大きなキャンパスだ。格子状のプランの校舎が細い柱で浮いている。ピロティは気持ちが良い。

キャンパスの端の改築部分の見学。学生に混じって潜入。

途中、写真を注意されるも気にせずにパシャパシャ。途中から合流した阿部さんだけがなぜかセキュリテのお兄さんに連行される。
彼を救出できるほどフランス語がしゃべれないのでみんなして遠くから見守る。かたじけない。

内観と外観のギャップはあまりよくない。流行っぽい薄っぺらいパネルもよくない。
しかし旧校舎とのつなぎはなかなかよい。

カフェでのんびりして帰る。
帰りにサルコフと京子に寄り道。しょうゆ1Lとカレールーとプリンタを買って帰る。
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3度目の正直
2007.10.24 made,in,paris
3度目の正直の滞在許可証。
少し寝坊して9時半過ぎにシテ。
案の定ものすごい列が出来ている。
丁くんもいっていたけれど、朝一の8時半に行かないと並んじゃってしんどい。小説なら一冊読める。
並んでいるとまた今日も新垣さんに会う。
必要書類のチェック(ここまでが遠い)→そこでもらった書類に書き込んで対面形式での内容確認→健康診断のランデブー(待ち合わせ)決め。
必要だったものをまとめてみると、2007年秋、パリの場合
・パスポート
・パスポートの写真のページとvisaのページのコピー
・証明写真3枚
・戸籍謄本とその法定翻訳そしてそれぞれのコピー
・パリの学校の入学許可証とそのコピー
・パリの学校の在学証明(入学時期よりも後になると必要になるようだ)とそのコピー
・滞在費用のための銀行の残高証明、または奨学金の証明書とそのコピー
・日本の学校の在学証明(交換の場合はたぶんいる。英語で出してもらおう。)とそのコピー
・居住証明(大家さんや寮の方に出してもらう)
足りないと最初の書類のチェックではじかれる。
結局終わったのは16時。無事に仮滞在をてにいれる。途中何も食べれず腹がへる。
超うまいモンブランを食べに行くという新垣さんと別れてトラムに乗りporte de versaillesへ。トラムは地を這うように、滑るように進む。床が動いているのに近い。ちょっと新しい乗り心地。福岡の地下鉄3号線のハイテクさにちょっと近い。
途中、うまいボロネーゼのパニーニとそれを狙うずうずうしい鳩に出会う。パリには人間の次に鳩が多い。

メトロ12線 Convention駅から程近い伊東さんのコニャック・ジェイ病院へ。
街ごと骨董品のような町並みにガラスのファサードがいきなりというか、いつの間にか登場する。ガラスのプリントが霧のような効果になってぼんやりと対面の町並みをぼんやりと映して建つ。

建物の中には入れなかったが、中庭に入れた。凸凹したボリュームの隙間の小さな庭は掘り込んであって、地下から見上げるようになってるところなんかはよい風景かなと思った。スケール感がすてき。
それにしても、薄いブルーのヴェールのようなガラスに囲まれて、かわいい小川が流れていて、線の細い植栽が植えられている空間は静謐で幻想的だったがちょっと怖い。パリは今日みたいなうす曇りの日が多いから、光の色も青白くていっそう幻のような庭に見える。おばけけんちく。
。



今日も路地に迷い込みたい気分におそわれたがおとなしく帰ることにする。今日は寮の顔合わせパーティーだそうで。
パーティーで薄井さんがアボガドの巻き寿司を作ってて好評だった。すしに、しょうゆ。ああ、さしみがたべたい。
パーティーは40人くらい来てて初めて顔をあわす人も多数。隣に住んでて、会社もやってるディップさんとグラフィックのウィくん、本に4年いて丁寧な日本語を話すレザさん、、みなさん、これからもよろしく
コメント0少し寝坊して9時半過ぎにシテ。
案の定ものすごい列が出来ている。
丁くんもいっていたけれど、朝一の8時半に行かないと並んじゃってしんどい。小説なら一冊読める。
並んでいるとまた今日も新垣さんに会う。
必要書類のチェック(ここまでが遠い)→そこでもらった書類に書き込んで対面形式での内容確認→健康診断のランデブー(待ち合わせ)決め。
必要だったものをまとめてみると、2007年秋、パリの場合
・パスポート
・パスポートの写真のページとvisaのページのコピー
・証明写真3枚
・戸籍謄本とその法定翻訳そしてそれぞれのコピー
・パリの学校の入学許可証とそのコピー
・パリの学校の在学証明(入学時期よりも後になると必要になるようだ)とそのコピー
・滞在費用のための銀行の残高証明、または奨学金の証明書とそのコピー
・日本の学校の在学証明(交換の場合はたぶんいる。英語で出してもらおう。)とそのコピー
・居住証明(大家さんや寮の方に出してもらう)
足りないと最初の書類のチェックではじかれる。
結局終わったのは16時。無事に仮滞在をてにいれる。途中何も食べれず腹がへる。
超うまいモンブランを食べに行くという新垣さんと別れてトラムに乗りporte de versaillesへ。トラムは地を這うように、滑るように進む。床が動いているのに近い。ちょっと新しい乗り心地。福岡の地下鉄3号線のハイテクさにちょっと近い。
途中、うまいボロネーゼのパニーニとそれを狙うずうずうしい鳩に出会う。パリには人間の次に鳩が多い。

メトロ12線 Convention駅から程近い伊東さんのコニャック・ジェイ病院へ。
街ごと骨董品のような町並みにガラスのファサードがいきなりというか、いつの間にか登場する。ガラスのプリントが霧のような効果になってぼんやりと対面の町並みをぼんやりと映して建つ。

建物の中には入れなかったが、中庭に入れた。凸凹したボリュームの隙間の小さな庭は掘り込んであって、地下から見上げるようになってるところなんかはよい風景かなと思った。スケール感がすてき。
それにしても、薄いブルーのヴェールのようなガラスに囲まれて、かわいい小川が流れていて、線の細い植栽が植えられている空間は静謐で幻想的だったがちょっと怖い。パリは今日みたいなうす曇りの日が多いから、光の色も青白くていっそう幻のような庭に見える。おばけけんちく。
。




今日も路地に迷い込みたい気分におそわれたがおとなしく帰ることにする。今日は寮の顔合わせパーティーだそうで。
パーティーで薄井さんがアボガドの巻き寿司を作ってて好評だった。すしに、しょうゆ。ああ、さしみがたべたい。
パーティーは40人くらい来てて初めて顔をあわす人も多数。隣に住んでて、会社もやってるディップさんとグラフィックのウィくん、本に4年いて丁寧な日本語を話すレザさん、、みなさん、これからもよろしく
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明るい部屋を手に入れる
2007.10.23 made,in,paris
3回目のカルボナーラでようやく成功した午後、帰国売りで照明を手に入れるべく16区へ。某巨大SNSはパリでも有効みたいです。
売ってくださる方のアパルトマンは天井が高く、2600か2700位あった。家主の方によると前に住んでいた部屋はもっと低く、今までで一番高いそう。玄関とかの幅とかは割と普通だったので縦長の空間だった。フランス人大きいものね。そういえば体が大きい割りにメトロが小さかったり、ビストロやカフェに並ぶテーブルが体格に似合わずに非常にコンパクトにすし詰めになっているのはちょっと関係あるのだろうか。古い都市だから限られた土地の中で何事もコンパクトに空間を使おうと染み付いている?日本ではちょっと不快になるくらいの他者との近さがこの国にはある。その割、道を開けてほしいときなどは体に触れるのはタブーで、必ず声をかけてどいてもらうのがマナーになっている。友人に会うと頬を合わせてご挨拶。この辺のことが滞在中もう少しわかるといいなと思う。

閑話休題、ちょっとお部屋を見せてもらえないかと思ったのだが、ちょっと唐突な思い付きだったのでやめておく。あるかわからないが、また帰国売りでお邪魔する機会があればぜひ頼んでみたい。パリの人がどんな部屋に住んでいるのかを垣間見てみたい。で、このアパルトマン、装飾とかどうも滑らかでアールヌーヴォーっぽいと思っていたらこの辺はギマールと同時代の作品が多いそうだ。パリ組みの服部氏もこの日あたりをうろうろしていたらしく自分の不勉強が露わになる。詳しくは彼の日記にて。
帰り道で道に迷いながらぶらぶらと散歩がてら歩いて帰ろうとしていたら、どうやら廃線のような、枯れ川のような堀に遭遇。ちょっと気になるので場所を地図で確認していたら、親切にも子連れのマダムが迷える旅行者に見える僕にものすごく丁寧にクリメまでの道を教えてくれた。英語は話せるかしら?と気を使ってくれながら。こんなに優しいフランス人は初めてでうれしかったので道に迷うのはちょっとやめておとなしく最寄の駅まで行った。

晴れて10倍くらい明るくなった部屋で晩御飯は野菜炒め。ちょっと辛い。一人暮らしをはじめて久しいがいまだに材料と満腹の量の調整がうまくいかず作りすぎて食べ過ぎてつらくなる。もうちょっとうまくなりたい。


コメント0売ってくださる方のアパルトマンは天井が高く、2600か2700位あった。家主の方によると前に住んでいた部屋はもっと低く、今までで一番高いそう。玄関とかの幅とかは割と普通だったので縦長の空間だった。フランス人大きいものね。そういえば体が大きい割りにメトロが小さかったり、ビストロやカフェに並ぶテーブルが体格に似合わずに非常にコンパクトにすし詰めになっているのはちょっと関係あるのだろうか。古い都市だから限られた土地の中で何事もコンパクトに空間を使おうと染み付いている?日本ではちょっと不快になるくらいの他者との近さがこの国にはある。その割、道を開けてほしいときなどは体に触れるのはタブーで、必ず声をかけてどいてもらうのがマナーになっている。友人に会うと頬を合わせてご挨拶。この辺のことが滞在中もう少しわかるといいなと思う。

閑話休題、ちょっとお部屋を見せてもらえないかと思ったのだが、ちょっと唐突な思い付きだったのでやめておく。あるかわからないが、また帰国売りでお邪魔する機会があればぜひ頼んでみたい。パリの人がどんな部屋に住んでいるのかを垣間見てみたい。で、このアパルトマン、装飾とかどうも滑らかでアールヌーヴォーっぽいと思っていたらこの辺はギマールと同時代の作品が多いそうだ。パリ組みの服部氏もこの日あたりをうろうろしていたらしく自分の不勉強が露わになる。詳しくは彼の日記にて。
帰り道で道に迷いながらぶらぶらと散歩がてら歩いて帰ろうとしていたら、どうやら廃線のような、枯れ川のような堀に遭遇。ちょっと気になるので場所を地図で確認していたら、親切にも子連れのマダムが迷える旅行者に見える僕にものすごく丁寧にクリメまでの道を教えてくれた。英語は話せるかしら?と気を使ってくれながら。こんなに優しいフランス人は初めてでうれしかったので道に迷うのはちょっとやめておとなしく最寄の駅まで行った。

晴れて10倍くらい明るくなった部屋で晩御飯は野菜炒め。ちょっと辛い。一人暮らしをはじめて久しいがいまだに材料と満腹の量の調整がうまくいかず作りすぎて食べ過ぎてつらくなる。もうちょっとうまくなりたい。


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おそとがすきさ
2007.10.21 made,in,paris
遅く起きた日曜日。もったいないので散歩に出かける。
運河沿いの週末の土手にはこれでもかというくらい人がいる。

デートしたり、散歩したり、デートしたり、フリマしたり、デートしたり、ペタンクしたり、デートしたり、卓球したりしてる。みんな仲がよい。

通りではオープンカフェだらけだし、路上や電車の中でまで商売するし、なんと言うか、
パリの人たちは自由だ。街を使いこなしている。これでもかってくらいに。
明らかに日本のおそとよりは楽しい。
丘を越えてベルヴィルの方まで抜けて、弁当箱兼タッパーを中華系の雑貨屋で買って帰る。
コメント0運河沿いの週末の土手にはこれでもかというくらい人がいる。

デートしたり、散歩したり、デートしたり、フリマしたり、デートしたり、ペタンクしたり、デートしたり、卓球したりしてる。みんな仲がよい。

通りではオープンカフェだらけだし、路上や電車の中でまで商売するし、なんと言うか、
パリの人たちは自由だ。街を使いこなしている。これでもかってくらいに。
明らかに日本のおそとよりは楽しい。
丘を越えてベルヴィルの方まで抜けて、弁当箱兼タッパーを中華系の雑貨屋で買って帰る。
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ラグビー観る
2007.10.20 made,in,paris
土曜日は写真の授業。
photoshopがCS3でうれしい。けど、英語表記なのでちょっと骨が折れる。使いこなしたショートカットが役に立つ。
写真のレイアウトなのに、こちらの人たちはイラストレーターを使わないらしい。本職イラストレータしか買わないらしく、パソコンに入ってすらいない。
てこずっているうちに時間が来て早く帰れと先生。
え、来週でいいんすか?
いいよ。それよりも、はやくはやく。一時半になっちゃう。
夜、まつだいら君ちでラグビー決勝観戦。
服部君はラグビー部出身で解説してくれた。よくわかる。
イングランドの押しが弱くて南アが優勝。
飲んでたら隣人のおおいしさんが登場。凄いキャラにびびる。
4時くらいまで騒いでかえる。夜は結構いや、かなり冷えるようになってきた。
コメント0photoshopがCS3でうれしい。けど、英語表記なのでちょっと骨が折れる。使いこなしたショートカットが役に立つ。
写真のレイアウトなのに、こちらの人たちはイラストレーターを使わないらしい。本職イラストレータしか買わないらしく、パソコンに入ってすらいない。
てこずっているうちに時間が来て早く帰れと先生。
え、来週でいいんすか?
いいよ。それよりも、はやくはやく。一時半になっちゃう。
夜、まつだいら君ちでラグビー決勝観戦。
服部君はラグビー部出身で解説してくれた。よくわかる。
イングランドの押しが弱くて南アが優勝。
飲んでたら隣人のおおいしさんが登場。凄いキャラにびびる。
4時くらいまで騒いでかえる。夜は結構いや、かなり冷えるようになってきた。
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